事業承継が進まない本当の理由

2019-11-08

事業承継が進まない本当の理由

平成30年度税制改正において、事業承継時の贈与税・相続税の納税を猶予する事業承継税制が大きく改正され、10年間限定の特例措置が設けられました。 これにより事業承継にかかる贈与税・相続税の現金負担がゼロとなりました。 また雇用要件の撤廃等より、事業承継税制はより一層使い勝手がよくなりました。 これらの施策により、事業承継がより促進されることを期待したいものです。

 

経済産業省『平成29年度税制改正に関する経済産業省要望【概要】』によると、事業承継税制の認定件数は平成21年から毎年150~200件程度で推移してきましたが、平成27年1月から使い勝手が向上したことで利用が大きく伸びており、 平成27年は贈与税の納税猶予272件(前年比5.8倍)、相続税の納税猶予184件(同1.2倍、推計値含む)の合計456件(同2.3倍)に増加する見通しになることが分かります。

 

しかしながら、日本経済新聞2017年10月6日の記事『大廃業時代の足音 中小「後継未定」127万社』では、2025年には中小企業380万社の6割以上(230万社)の経営者の年齢が70歳超となることが予想され、そのうちの5割以上(127万社)が後継者不在の状態であり、 今後10年間が大廃業時代の正念場であると指摘しています。 後継者不在の企業が127万社もある現状に対し、事業承継の実施されている企業が500社弱では焼け石に水の感がするのは私だけなのでしょうか。

 

 

◆廃業を予定している理由

日本政策金融公庫総合研究所が全国4,000の中小企業経営者に対して行ったインターネット調査では、60歳以上の経営者の50%以上が「廃業を予定している」と回答しています。 廃業する理由について最も多かった回答は「当初から自分の代限りでやめようと考えていた」が38.2%ですが、 以下、後継者難(子供に承継の意思がない・子供がいない・適当な後継者が見つからない等)による廃業28.5%、事業に将来性がない27.9%、その他5.4%と続いています。

 

しかし、廃業を予定していると回答した中小企業のうち、4割を超える企業が「今後10年間の事業の将来性については、事業の維持・成長が可能」と回答しています。事業は継続できるにもかかわらず、後継者の確保ができずに廃業を選択せざるを得ない状況に陥っている実態が見えてきます。 廃業となると、これまでの事業運営で培ってきた貴重な経営資源が失われてしまうことになります。

 

 

◆事業承継が進まない本当の理由とは

事業の維持・成長が可能であり、将来性があるにもかかわらず、なぜ、廃業を選択せざるを得ないのでしょうか。それには、以下のような理由が考えられます。

 

①社長の年収が少ない

事業主の年収が雇用者の年収を下回っている。国税庁『民間給与実態統計調査 平成28年分調査』を見ますと、資本金2,000万円未満の男性役員の平均年収額は629.2万円(うち賞与17.3万円)、女性役員の平均年収額は365.6万円(うち賞与6.9万円)。 男女合計で平均をとると548.3万円(うち賞与14.1万円)となり、100万円~200万円が最多(32.6万人)となっています。また零細企業の社長は、ボーナスを期待できないのが現状です。 ボーナスが支給されないことによって平均年収が他の役員と比べると圧倒的に少なくなっています。統計だけで見ると、中小企業の社長は責任の重さに比べて、割の合わない仕事と言えそうです。

 

②後継者の個人保証が必要である

通常、後継者は企業の借入の個人補償を引き継ぐよう金融機関から求められます。 銀行の事業者ローンを利用する場合には、経営者が連帯保証人となっているケースがほとんどですので、事業承継を行う場合には銀行の同意を得たうえで保証を解除する必要があります。 もちろん、保証を解除してしまうと銀行のリスクが上がるので、事業を承継した後継者が新しく保証人となる必要があります。保証金額が企業の利益で返済できる程度の金額であれば問題ありませんが、返済できないような金額であれば、事業承継の大きな支障となることが考えられます。

 

③資金に関する問題

高齢化に伴う経営者の老後の生活資金、企業での事業用財産の買取資金、生前贈与等に伴う贈与税等の納税資金、現経営者への退職金の支払資金、経営者の事業用財産が相続財産の2/3を超えている現状では後継者に事業用財産を集中させると、 後継者以外の相続人へ相続させる財産が不足する等々、資金に関する問題を解決する必要が考えられます。

 

④開業率の低さ

日本の開業率・廃業率を国際比較すると、開業率・廃業率共に諸外国に比べて低く、日本人の企業意識の低さも考えられます。

 

結論から言うと、上記の問題はすべて企業の利益と資金の問題に行き着きます。経営者の方は、これらの問題を「事業承継における根本的な問題」としてとらえ、後継者とともにその解決に取り組む必要があります。 その道程が「事業承継」なのです。私の経験では、利益が上がり資金が安定している企業では、事業承継や後継者不在の問題はほとんど起こっておりません。私たちの事務所は、これらの基本問題の解決のご支援をいたします。

 

 

◆事業承継には5年から10年かかります

企業として存続できるにもかかわらず、現状に対する認識が不足しており、根本問題の解決を先送りしたために後継者の確保ができず、M&Aのテーブルにも乗せることができなくなったというケースがあります。 事業承継は、まず正確な現状認識が必要です。 そのうえで根本問題を解決しながら事業承継を完遂させるには、5年から10年の時間を要するものと思われます。

 

 

◆M&A・事業承継税制の活用・廃業は「出口戦略」です

優秀な技術や顧客基盤を持っている企業は、後継者がいなくてもM&Aによって引き継がれていきます。喜んで引き継ぎたくなるような企業づくりを行うことが経営者の勤めです。そのためには明確にされたコアバリューがあってこそ、 世代が変わっても一本芯の通った企業経営が可能となります。後継者がいてこその事業承継税制であり、買手があってこそのM&Aです。また、取引先や金融機関に迷惑をかけないでこその廃業なのです。 M&Aや事業承継税制、廃業はあくまで「出口戦略」であって、事業承継の根本問題を解決する手法ではないことを認識する必要があると思われます。